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::11.22
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進んだような進まないような変な話になりましたがホストの続きです。瀬戸内も用意してますが進みません泣きたいです
優しくされたくったっていいじゃない!!!!!
佐助がわずかに身じろいだベッドがある部屋は既に夜の帳が落ちていた。長いまつ毛を震わせて色素の薄い眸がぼんやりと焦点を合わせ、やがて跳ね起きる。勢いよく身体を起こしたそこに、今朝隣で眠っていたはずの小十郎の姿はなかった。寝癖で絡まった半端な長さの髪に指を突っ込み、違和感を感じるほどに逆立った毛束を押さえる。乾燥した暖かい空気だけが渦を巻く室内をぐるりと見回して、扉の足元の隙間から光が漏れていることに気付いた佐助はワイシャツと下着だけの姿でベッドを降りた。
足音を潜ませて静かにドアを開ける。頭だけを出して覗き込んだ居間には人影はない。扉を開けて居間に入る佐助の背後で蝶番がかすかに軋んだ。後ろに伸ばした腕で静かに扉を閉め、そろそろとソファに近付く。覗き込んだソファにも小十郎の姿はなく、ソファと向き合うように置かれた散らかったテーブルの上に「今日は休め」とだけ書かれた書き置きを見つけた。緊張を解いた佐助の指先がその紙を摘み上げ、そして慈しむように胸に抱いた。見上げた壁の時計は、既に二部の営業時間も半ばであることを示している。朝まで帰ってこないのだろうか、と考えて昨日のことを思い出す。半端な格好で立ち尽くす佐助の足元を寝室から流れた暖かい空気の塊が撫でていく。背すじに震えが走り、とりあえず風呂に入って帰ろうと思い至る。むき出しの脚は昨日踏んだシャンパンでベタついている。小十郎からの書置きを握り締めたまま、足を引きずるようにして風呂場の扉を開けて湯を貯める。小十郎も使ったであろうそこは、もうすっかりその痕跡をなくしていた。
蛇口を捻って居間に戻り、静寂を紛らわせるようにテレビをつける。落ち着かない指先が煙草を探し、寝室に脱ぎ散らかしたスーツのポケットだと思い至る。億劫がる足を動かしてスーツを拾い上げ、そのポケットから煙草の箱を掴んで中身を咥える。残り少ないその箱と、同じくポケットから出てきた新品の箱を持ってライターを探す。内ポケットから小十郎にもらった物が出て来たが、それは使う気にならない。スラックスのポケットかと持ち上げたそれはシャンパンと僅かに落ちた小十郎の血で汚れていた。テーブルの上に小十郎の血が溢れ出す光景が頭をよぎり、思わずそこに座り込む。佐助は彼が病院へ行ったのかさえ知らない。このスーツは処分だなと頭の片隅に考えてみるが、ぱかりと肉を見せた小十郎の手のひらを思い出してこめかみが疼いた。
佐助は拾い上げたスーツを持って居間に移動し、台所の流しの下から可燃ゴミの袋を出した。ポケットの中身を新聞と雑誌が散らかるテーブルの上にばら撒きながらライターを探すが見つからない。テーブルの上に、小十郎が置いて行ったらしいキャバクラの名前が入ったライターを見つけ、何度か点けて火がつくことを確かめてから火を点けた。細い煙が蛍光灯の灯りに紫色に変わる。
どさりとソファに座り、煙を輪にして吐き出す。まだ重さの残る頭をソファの背に預けて目を閉じる。瞼の裏に浮かぶのは左手から血を滴らせながら背を向ける小十郎だ。肩幅の広い背中が怒っていた。呆れられて見捨てられたと思った。けれど、小十郎は佐助をこの部屋に押し込み、悪かったと言ってキスをした。佐助には小十郎が何を考えているのかがわからなかった。今まで頑なに越えさせなかった一線を越えさせた小十郎の思惑が見えなくて怖い。
咥えた煙草の先から灰がひらひらと落ちた。
夜の世界と言うのは至極まっとうに生きてきた佐助にとって未知の世界だった。母はスナックで働いていたが、帰りが遅い以外は愚痴の一つも零さなかった。ある意味で佐助は箱入り息子だったのだ。金はなかったが、愛情だけは当たり前のようにいつもそこにあった。専門学校に行っていた時に、それを実感した。離れて暮らしていても、親子の絆という物は確かにそこにあった。
しかし、母が倒れてから佐助はそれを失った。ひとりでどうにかしなくてはいけないと言う強迫的な責任感と喪失感、そして初めて知る孤独。誰も助けてはくれないという諦めだけが佐助の日常に充満した。
そんな折、佐助はホストになる事を決めた。はじめから美容師はやめるつもりだった。母が自分を犠牲にしてまで叶えてくれた職を辞めることに罪悪感はあったが、綺麗事では飯が食えないのも事実である。佐助が思いつく高給取りで、佐助にもできる仕事はホストだけだったのだ。踏み込んだ煌びやかな世界の裏側は欲と憎悪と孤独が渦巻く、気を抜けば捕食されるだけの弱肉強食の世界だった。その世界ではいかに自分を繕い、相手の欲求に先回りするかが生死を分ける。その魑魅魍魎が犇く世界の中で、ただ一人誰にも屈しない男がいた。
小十郎だった。
周りには自分を引きずり落とす機会を虎視眈々と狙う人間ばかりの、右も左も分からぬ世界で、小十郎だけは標となった。迷う佐助の手を取り、挫けそうになると叱咤し、そして乗り越える度に不器用な称賛を寄越す。内臓を侵す絶対的な不信の中で、彼は違うという半ば信仰じみた信頼が慕情と倒錯し、強力な磁場となって佐助を彼に惹きつける。
彼なくしては、佐助はこの世界で搾取されるだけの弱者でしかなかったのだ。
その彼に、自分のせいで怪我をさせた。明らかな自分の不注意で、傷を付けた。
空のはずの胃が収縮して吐き気がする。
気付けば煙草は指の間で燃え尽き、長い灰がそのままの形でソファの合皮の上に寝そべっていた。それをティッシュで拭いて、根元の焦げたフィルターと共にゴミ箱へ捨てる。立ち上がった足をずるずると動かして風呂場の蛇口を閉めた。浴槽からは湯が溢れていた。ワイシャツを脱ぐために袖のボタンを外して初めて、袖に細く血が付いているのに気付いた。テーブルに手をついて立ち上がった時についたのだろう。その染みが一層佐助を惨めにする。ワイシャツを足元に落とし、下着を脱いで浴槽へ身体を沈める。勢い良く溢れた湯の音が耳を裂くように反響した。
口を水面につけてため息を吐き出す。泡となったそれを見つめ、浴槽の縁に頭を乗せた。唇に触れる。わけがわからないと呟いて、急速にダメになっていく自分を感じていた。
彼がいなければ、一人で立っていることさえできない。
天井についた水滴が音を立てて湯船に落ちる。ぴちゃん、ぽちゃん、と不規則に繰り返される音が摩耗した佐助の神経をさらにすり減らしていく。小十郎が戻る前に自宅へ戻らなくては、と思った。どんな顔をして小十郎に会えばいいのかがわからない。繰り返した謝罪は拒まれ、今まで頑なに触れなかった腕が佐助を抱き寄せた。その腕の中へ自ら飛び込むのは何かが違うと思った。漠然とした不安がぼんやりと佐助を包んでいく。わからないよ、と呟いて佐助は目を閉じる。湯の匂いに溺れたように頭がぼんやりとして思考を放棄し、湯の中に浸けた身体は鉛のように沈んでいった。
「風呂で寝るな、病み上がり。」
突然頭上から降った声に、佐助の体が湯をはねあげて動いた。目を閉じてからの時間の経過を知る術はないが、ずいぶんぬるくなった湯と痛みを訴える首が確かな時間の経過を伝える。
開いた風呂場の扉に凭れた小十郎がいた。トレンチコートの襟を立て、まだアタッシュケースを持っている。
突然のことに回らない頭で、ぎこちなくおかえりなさいと応じた。
「さっさと出てこい。ぶり返すぞ。」
「あ…うん。」
小十郎から顔を背けて答える。扉を閉めかけた小十郎の手が止まり、佐助の湿った頭に触れた。佐助の体が僅かに揺れ、水面に大きな波紋が広がる。なに、と顔は見ないまま問う。
「テメェが大人しいと気持ちが悪いな。何か企んでんのか?」
「…のぼせただけ。」
ぶっきらぼうに答えた佐助に、そうかと返した小十郎は扉を閉めた。綺麗に包帯が巻かれた手が扉を閉めた。帰るつもりだったのに、と舌打ちしながら佐助は立ち上がる。シャワーを出して熱いそれを頭からかぶる。小十郎の怪我の事実を目前に突き付けられたような気がして息苦しい。小十郎は何を考えているのかがわからないし、自分はどうすればいいのかがわからない。顔を流れ落ちるシャワーに紛れて熱くなった目頭から温度の違う雫が流れていく。喘ぐように開いた唇からシャンプーの泡が口に入る。小十郎の匂いがした。
のろのろと体を洗って、勝手に出したバスタオルで体を拭いて気づいた。着替えがない。どうやって帰ればいいのだろう。頭が回っていないなと思った。仕方なく小十郎の黒の下着を拝借して脱衣所を出る。ぺたりぺたりと足音をたててたどり着いた居間では小十郎が書類を整理しながら弁当を食べていた。
パンツ借りた、と俯く頭に声をかけると、顔を上げた小十郎が下着だけの佐助をちらりと見た。
「弁当あるぞ。」
「いらない。」
答えて散らかしたスーツと脱衣所から持ってきたワイシャツを出したままの可燃ゴミの袋に押し込んだ。持っていたボールペンを回そうとして落とした小十郎がそれを拾い上げながら捨てるのか?と聞く。背中を向けたまま頷いた。背後で小十郎が立ち上がる気配がしたが、そのまま袋の口を結んで立ち上がる。袋を玄関に持って行こうとした佐助の進路が小十郎に塞がれた。
「頭くらいちゃんと拭け。床が濡れる。」
「拭いた。」
俯いたままぼそぼそと答える佐助の首にかかっているバスタオルを取り上げた小十郎が佐助の頭を少し乱暴に拭う。揺れる頭を床に向ける佐助の目頭から涙が鼻筋を伝う。好きだ、と思った。スーツを着たままの足が滲んでいく。ほら、と頭からバスタオルが剥がされ、手にしていたゴミ袋を奪われる。
「俺の服でも着てろ。ゴミ出してくる。」
佐助の返事は待たずに小十郎は居間を出た。脱衣所の扉が開閉する音の後に玄関の扉が閉まる音がした。立ち尽くす佐助の足元に通った鼻梁から涙が滴る。
好きだ。彼がいなければ生きていけない。とても一方的に彼を愛している。
力の入らなくなった膝を折り曲げてその場に座り込み、徐々にしゃくりあげる声を止められずに泣く。もう失えないのだと眼前に突き付けられる真実が涙を通して佐助の体を蝕んで行った。彼に怪我をさせたことに絶望したわけではない。もう引き返せないくらい彼に依存している自分に絶望したのだ。振り払われても彼の手を離せない。風邪の余韻を引きずる鼻が詰まって咳き込んだ。体勢を崩した膝が冷たい床にぶつかって鈍い音がした。なし崩しに額を床に付けて丸くなって泣いた。
もう、佐助は自分の足で進むことも戻ることもできないのだと思い知らされた。
玄関の鍵が開く音がした。廊下と居間を隔てる扉が開き、下着姿で蹲って泣く佐助に足音が近づいた。
「おい、具合でも悪いか?」
ぶんぶんと頭を横に振る。拍子にしゃくりあげて、佐助はますます体を丸めた。頭の横にしゃがみ込んだ小十郎から微かな香水の匂いがした。
「泣いてんのか?」
「泣いてっ、…ない。」
とりあえず服を着ろ、と小十郎が佐助の震える薄い肩を宥めるように撫でて立ち上がる。寝室に向かって踏み出す足首を佐助に掴まれて転びそうになりながら小十郎は佐助を振り返る。ゆかに蹲った姿勢のまま、右手で小十郎の足首を掴む佐助の小さな頭が揺れ、くぐもった声が行かないでと告げた。小十郎は黙って足首に絡みつく佐助の手を剥がし、骨の目立つ手首を掴んで佐助を引きずり立たせた。
「置いて行かれるのが嫌なら、テメェで歩け。」
俯いていた佐助が、濡れた前髪の隙間から窺うように小十郎を見上げる。困惑した佐助の目が揺れる。それをまっすぐに見つめる小十郎はまたか、と思う。捨てられることを恐れるその顔が、小十郎は嫌いだった。信用されていないと思う。そのくせに好きだと叫ぶ矛盾がいつも魚の小骨のように胸にひっかかる。
佐助の手首を掴んだまま寝室に入り、佐助をシーツが乱れたままのベッドに座らせ、いつも佐助がそうするように膝を跨いで向かい合って座った。佐助の目が予測できない展開に怯えている。
「テメェは一体俺をどうしたいんだ。」
「どう、って…」
「好きだとか喚く割には、ふざけたことしか言わねえのはどういう事だ。」
「ふざけてなんて、ない。」
「じゃあ、今ここでお前を抱いたら、それで終いか。」
見開かれた佐助の目が怯えに揺れ、視線が小十郎を避けて泳ぐ。色をなくした薄い唇が震えて、俺はと繰り返すのを、小十郎は触れれば切れそうな鋭い視線で見つめる。佐助の筋張った首で喉仏がゆっくりと動いた。
「答えろ。」
佐助は首を横に振るばかりで答える事をしなかった。にじり寄る小十郎の体重に耐えられなくなったベッドが小さな音をたてて軋む。
「代表が、必要なんだ。アンタがいないと、息もできない。抱かれて終わるくらいなら、抱かれなくていい。傍に、おいてくれるだけでいい。」
ベッドについた小十郎の手首に佐助が縋るように冷たくなった指先を絡ませる。再び流れた涙が佐助の薄い腹に落ち、震える唇が嫌なんだ、と小さな声を溢した。孤独を恐れる佐助の声が小十郎の耳を引っ掻いて落ちる。
小十郎は体を引き、佐助の前に立つとスーツの腹に小さな頭を押し付けた。露わのままの肩へ毛布を手繰り寄せて細い肩を包んだ。嗚咽ばかりが佐助の喉をつく。暫くそうしていた佐助が小十郎の腹を押して頭を上げた。
「…帰る。」
「その格好でか。」
鼻で笑った小十郎は佐助から離れて後ろにあるクローゼットからジーンズとトレーナーを引っ張り出して、着てろと佐助に投げた。それを顔で受け取った佐助は、泣いたせいで腫れぼったい目を擦ってのろのろと着替え始める。立ったままそれを眺めていた小十郎は佐助に背を向けて寝室を出ていった。
できるだけ時間をかけて寝室を出た佐助は、台所にいる小十郎を見つける。電子レンジが中身が温まった事を知らせ、小十郎がその中から弁当を出し、コーヒーの入ったカップを持って居間へ移動する後について佐助は重たい足を動かす。
外は少し明るさを増して、カーテンの隙間から覗く窓にが白く結露している。小十郎は広げたままの書類の向かいに弁当とコーヒーを置いて、自分は書類の前に座った。佐助に視線で座れと促し、自分はさっさと仕事に戻る。小十郎と向き合って座った佐助は、冷えた指先でコーヒーの入ったカップを包んだ。
「昼までここでおとなしくしてろ。」
ボールペンを動かす包帯の巻かれた手を見つめていた佐助の視線が小十郎の顔を見る。伏せた鋭い目が上がる事はなかった。
「服、買いに行くんだろう?付き合ってやるから、終わるまで待ってろ。」
「別にひとりでいいし。」
「せっかくの日曜だ。俺も新しいライターを買いに行く。」
「俺なんていなくても困らない。」
「…今まで通りにしてろ。そしたら俺も今まで通りだ。いなくなりやしねえよ。」
佐助が小さく息を呑む。口元がぎこちなく笑い、デートのお誘いならもっとロマンチックにやってよ、と泣きそうな声が震えた。小十郎はそれには答えず、書類から視線をあげないままさっさと食えと言った。
佐助は雑に積まれた新聞の上に投げ出してある箸を掴んで弁当のビニールを剥がした。
End
言葉の存在意義を考えろ。
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