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::11.23
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人間はこうして、気付かないうちに少しずつじわじわ壊れていくんだなとソファーに体を投げ出して座る男は思った。
白い嘔吐感が男の生気のない蝋細工のように白く細い首筋をせりあがる。少し血を流しすぎたかもしれない。このワイシャツは明後日の燃えるゴミに出してしまおう。
(そして彼が自分をゴミ袋に詰めて燃えるゴミの日にゴミ置き場へ捨てていく映像を閉じた目蓋の裏に浮かべた俺は少しだけ興奮した)
手首から指先へ、重力に逆らわずに掌を滑り落ちた血液は徐々に凝固して、微かに指を曲げるとはらりと関節で剥がれ落ちた。
フローリングの床に血溜まりができているかもしれないが、それはティッシュなり雑巾なりで拭いてしまえばいい。そして血まみれになったそれもワイシャツと一緒にゴミの日に捨てればいだけだ。
なぜかあの男がこれにしようと言って聞かなかったアイボリーの布張りのソファさえ汚れなければ、血が足りなかろうがそれ以外の場所が血まみれだろうが本当にどうでもいいような気がした。
(だいたいここは俺の部屋で俺よりもこの部屋で過ごす時間が少ないあの男が勝手にソファを決めるって言うのもどうなのかと思うワケだが)
(まあほだされて買ってしまった俺にも非があるので今更アイツに何か言うつもりもないけれど)
(そもそも何を言ったって聞くような男じゃない)
指先が痺れてきた、と知覚する頃には右の指先から血だらけになったカミソリが乾いた音を立てて滑り落ちた。
それを拾い上げる気には到底なれずに男はその薄い目蓋を閉じた。
蛍光灯の周期で視界が明滅する。不愉快だった。
でもこのソファーの上でゲロをぶちまけるのはもっと不愉快な気がしたから音を立てて唾を呑み込んだ。
自分が追いつめられていることは理解していたつもりだし、それでも何の手も打たなかったのはまだ自分にある程度の余裕と精神的猶予があるからだと思っていたからで。
少し食欲が落ちたとか、体重が減ったとか、寝付きが悪いとかそう言う自覚はあった。
元から食事には然程の興味もないし、寝付きもそんなにいい方じゃないから、少し疲れているんだろうくらいに思っていたのに、今日なんてほんの少し一時間にも満たない時間眠っただけで24時間以上が経過した今も全く眠たくない。
もう学生時代のように体力が有り余っていて、3徹くらいなら全然余裕というほどの体力はない。
(そもそも仕事だってすごく忙しくて外回りとか打ち合わせとかプレゼン資料の準備とかこんなの新入社員にやらせる仕事じゃないだろって思うものもその中にはいくつか含まれているわけで)
(プレッシャーってやつもまあ幾らかはあるだろう)
そう言えば明日も会社だけどこの傷はどうやって誤魔化せばいいんだろう。明日が雨で気温が低くてとかならまぁどうにかなるかもしれないけど。
晴れで気温が高かった場合、このクールビズの風潮に乗って半袖ノータイで出社するべきだとも思う。この異質な状況で言うのもなんだが、それくらいの社会常識は忘れていない。
それにしても目蓋が重たい。目を開けるためにこの薄い目蓋を持ち上げるのさえも億劫だ。そんなに出血していただろうか。ただ眠たいだけか。もう脳が働くことを放棄している。
フローリングを覗き込もうと思ったけれど身動きどころか目も開けられない男にはそれは無理な話だった。窓の向こうで最終電車が駆け抜けていった。
(どうしよう、アイツを呼ぶのは物凄く癪だけどそれ以外にどうしたらいいか良くわからない)
(面倒だからここでこのまま寝ちまってもいいけど目覚まし時計は寝室で、しかも今朝止めたままだ)
面倒臭くなった男はそのまま意識を手放した。
たぶんつなしげ
ていうかつな→←しげ。
病み落ちたしげざねかわいいいいいいいいい
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